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2012年5月21日月曜日

「天衣無縫」「弊衣破帽」

人生は毎日が取捨選択の連続だけれど、大きな転機と言うものがある。

結婚と言うのは縁、上手くいく場合もあれば、上手くいかない場合もある。

それぞれの人によってその価値観は違うし、ましてや他人が一つ屋根の下に暮らすのだから色々な齟齬が生じてもいたしかたない。もちろん、それに耐えきれず別れる場合もあるだろうし、ずっと我慢して風船がはじけたように熟年離婚に至る場合もあるだろうし、最後までお付き合いいただける場合も多い。

私の場合には長女が生まれた時にひとつの転機が訪れた。

大学を卒業し、教員になる道を捨て、いくつかの企業の内定ももらい、自分で企業を選び入社した。

入社して、そのシステムに驚いたのだ。モラトリアムだった大学生が社会の荒波にもまれたというのとも少し違う。私が入社した企業はひとりのカリスマ経営者によって全てが決められていた。そのカリスマ性群を抜き、はっきりいって若造の私はその素晴らしさと慧眼に魅せられていた。

ところがそのカリスマを取り巻くお偉方や直属の上司ときたら、少しでも自分を良く見せようと諂いおべんちゃらを言い、あまねく上の優しく下に厳しいイエスマンだった。

同期も全部ではないが、自分の出世と少しでも高い人事評価のため、仲間を蹴落とすような功利的人間もいた。

私はそんなやり場のない憤りをストレスとして抱え込んでいた時に事件が起きた。私は体良く、地方に左遷された。そんな私の事を同期のほとんどは冷ややかな目で見送った。

ところが捨てる神あれば拾う神あり、私達よりひとつ上の先輩達は初めての学卒採用(4年生大学卒業者)の採用で、男性の縁故採用はない。本当に優秀な人たちだった。私はそこで数人の先輩たちにとても可愛がられた。

そんな時に長女の誕生である。東京と地方に切り離され、長女が生まれて帰りの新幹線で涙した事を覚えている。

暫くして帰省していた妻と長女が戻ってきた。そんな長女を見ながら自分のこれからの背骨になるような言葉を見つけた。「天衣無縫」ごぞんじのように、天女の衣に縫い目がない意から、詩文が自然でいて巧みなことや、純真で無邪気な人柄を言うのだが、中々その様になるには難しいし時間もかかろう。ならば「弊衣破帽」はどうであろう。バンカラとは意味合いが違う。どちらかという「騎士道の精神」に近いものかもしれない。服はボロボロ帽子も破れたような体裁でも、社会のためにならないこと、周りを傷つけるような事はせず、例え99人が反対してもその事が正しいと思えば正しいと言う人間になりたいと考えた。

すると目の前に掛っていた霧は晴れ、視界が良くなった。私は1年後に会社を辞めたのである。

今でも私が窮地に合った時(今考えると窮地でもなんでもない小さな事)に可愛がってくれた先輩達の多くは要職に就き、会社を経営陣として運営している。あの人たちの能力なら当然の結果だと思う。ただ、その中で特に可愛がってくれた先輩が数年前に他界した。とても残念だった。

子育ては神様から親に与えられたプレゼントだと思う。もちろん期間限定のプレゼントである。

生まれたときから子供が社会に出るまでが親業の期間である。親はその事を通じて、様々な価値観の人と出会う。それを咀嚼するかしないかは本人の努力次第である。

結婚して子供がいない人もいる。総じていうつもりはないが、若々しい反面、賢慮=フロネティクスに欠けている人が多いような気がする。

子育てとは自分の価値観の前に子供がいる。いくら自分の価値観を通そうとしても子供がいるのである。つまり、弊衣破帽の心根であっても子供と言う制限によって、社会的、普遍的価値観と擦りあわされ昇華されるのである。これによって唯我独尊はだいぶ修正されるのではないか・・・

この歳になって、二人の子供が生まれた事に感謝する。君たちによって私はだいぶ成長する事が出来たのだから・・だいぶ・・ね・・・・