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2012年10月22日月曜日

1979 

経由便の格安航空機の一番後ろの席で足も手も伸ばせない恰好で青年は眼下に広がる青い海を見ていた。

飛行機は徐々に高度を下げ、左旋回しながら陸地に沿うように着陸の態勢にはいった。

車輪が2.3度もパンパンと激しく上下しながら飛行機は陸地と一体になった。

長い入国審査の列を終え、飛行場の外に出ると、なんともいえない香りが漂ってきた。

どこにこの香りの元があるのかと青年は目を追ったがそれが観光客相手に売っているレイの匂いだと分かるのはずっと後の事だった。

南国の日差しは、雲から抜けると容赦なく照りつけてきた。青年はペーパーバックを鞄にしまい、バスの前方に座り、高速道路から見える山並みを見ていた。

海の色はそれぞれの場所で違う。東南アジアのとある島は日本ではよく売られている入浴剤のような薄い緑色だったし、インド洋に浮かぶ楽園と呼ばれる島々のそれは透き通るような水色だった。

ここの色はとても深い青である。こんなに深い青を見た事が無かった。とにかく深い青。

青年の荷物はダッフルバッグひとつ。カーキ色のそれはそうとうくたびれていた、あちこちが破れていた。

青年はその鞄をいたわるように抱えてバスを降りた。

乗り換えのバス停で、青年の横に日焼けした女の子が座った。

手足がすらりと伸びて、何一つ屈託のない女の子はこの島特有の空気を運んでいた。

女の子は青年に行き先を訪ねながら、長い黒髪を後ろで束ね始めた。

その仕草は少女でありながら、これから成長する彼女の将来のように明るく、芳醇であった。

ルナリロはここからそう遠くない。

青年はこの少女と一緒にバスに乗る。

少女はパスが通り過ぎた小さな日用品店を指さして、あそこが私の叔父の店だと言う。

お世辞にも綺麗とは言えない店は、バスの排気ガスと乾いた空気でぼんやりして見えた。

青年は眼鏡をはずして、もう一度少女を見た。