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2012年11月28日水曜日

1981年ノゴーストライダー Ⅺ



洋一は霊南坂の教会の前に立っていた。この教会はあと数年で建て替えられると聞くが、洋一には建て替えられた後の教会の姿を想像することが出来なかった。

世の中には変わっていいものと変わってはいけないものがあると洋一は感じていた。この教会は後者である。この教会の古びた赤レンガや歪んだステンドグラスが真新しいものに代えられたとしても、この教会を超えることは永久に出来ない。歴史の中に凝縮された事実は時として実体を凌駕する。

優子はしばらく遅れて到着した。今日、優子の親友の結婚式がここで行われる。時刻は11時を迎えようとしていた。その友人は洋一も良く知っており、三人で一緒に食事に行ったこともあった。彼女は笑うと八重歯の可愛い細身の女性だった。彼女の髪の毛は幾分カールして襟もとで跳ねあげられていたが、今日のウェディングドレスを着た彼女のそれは念入りに延ばされ巻毛の後は痕跡さえなかった。

しばらくして新郎と思しき人物がタクシーを降りてきた。彼女が勤務先で知り合った彼はアイルランド出身の外国人だった。外国人といっても背丈は洋一とそう変わらなく、瞳もアジア人のそれのように黒かった。ただ、肌の色はあきらかに白く青みを帯びていたのと、まだ20代なのに黒髪にグレーの髪の毛が混ざっていた。

結婚式は予定通り行われた。洋一は心の中で映画「卒業」でダスティンホフマン演じる青年が新婦を奪いに来るシーン想像していた。洋一はあの映画を見た後にずっと気にかかっていることがあった。二人はあのまま車に乗って脳天気に笑いながらフェードアウトしていったが、残された新郎や家族はどうなったのだろうとずっと気にしていたのだ。世の中にはあちら側とこちら側がある。あの映画は青年の視点で見ればハッピーエンドに終わるが別の視点からすると悲劇である。人間と言うのは予定調和を図りたがるが、予定調和の裏側にはこうした悲喜こもごもの愛憎劇が日の目を見ずに隠されているのだと思うと結婚式の歓声や拍手も白々しく感じた。

結婚式にはそんな青年は現れることなく、まさに予定調和として行われた。色の付いていないステンドグラスから散り残ったプラタナスの落ち葉が太陽に照らされて輝いていた。
 
 

村上春樹にご用心 Ⅲ

世の中には村上春樹なんて大嫌いという人もいるだろう、確かに私の周りにも数人いる。

しかしながらざっと見渡せは大好きかどうかは別として本を読んだことのある人の方がずっと多いのではあるまいか。それも一冊ではなく数冊読んだと言う人が。

私の場合にはとにかく気にかかるのである。この気にかかるというところが問題であって、彼の本で読んだことのない本があれば必死に探し求めて、読後に妙な安心感を覚える。

私は以前もある評論家がヘミングウェイを「漁師が小説家になったものだ」と切り捨てたその論評に対して、お門違いであると断言した。

何故なら小説は全てその作家の経験なくしては生まれないからである。ヘミングウェイの醍醐味は彼の筆致がアフリカのサバンナの詳細やキューバ沖で必死に格闘するカジキの姿をまるでそこにいるように臨場感を持って再体験させるからだ。

村上春樹は「回転木馬のデッド・ヒート」の冒頭でこんなことを書いている。

「僕が小説を書こうとするとき、僕はあらゆる現実的なマテリアル・・・・・そういうものがもしあればということだが・・・・・を大きな鍋にいっしょに放り込んで原形が認められなくなるまでに溶解し、しかるのちにそれを適当なかたちにちぎって使用する。小説と言うものはおおかれ少なかれそういうものである。パン屋のリアリティはパンの中に存在するのであって、小麦粉の中にある訳ではない。
以下省略・・・」

私はこの部分を赤線を引いていつでも取り出せるようにしている。物を書くときの基本だからだ。

ならば誰でもできるかと言うとそうではない。経験を積んだら素晴らしい文章が書けるかと言えばそれも違う。

私も若い頃、村上氏が通っていたバーラジオで飲んでいた。しかし、同じ経験をしても彼が視ていたものはまるで別の物だった。いや、視ていた対象は同じだったのだか、頭の中で組み合わされる要素が全く違っていたのだ。

例えばそのバーでウイスキーと共にクリーム・ブリュレが供されたとしよう。

クリーム・ブリュレはご存じのとおりカラメルを焦がしたお菓子である。強いお酒との相性は良いだろうからとそんな事しか頭に思い描けないのが普通の人である。

しかし普通でない人はこのクリーム・ブリュレはフランスの食べ物であるか結構昔からイギリスでも食べられていたと知っているのである。

さらにもっと普通でない人はイギリスでは「トリニティ・クリーム(Trinity Cream)や「ケンブリッジ・バーント・クリーム」(Cambridge burnt cream)とも呼ばれ特に前者はケンブリッジのトリニティスクールで食べられていたという説もあるということも知っているのだ。

因みにこのケンブリッジ=Cambride はジュラ紀や白亜紀とならぶカンブリア紀の語源でもある。

話は脱線したがそういうことなのである。リアリティとは私達が心の中にすっと受け入れる土壌を持っているのだ。土壌と言うのはいささか違うかもしれない。別の言い方をすれば物語がすっと私達に寄り添うことのできる触媒なのだ。

1Q84に出てくる西陽の部屋のベランダに出されている植物はゴムの木でなければならない。名前のない観葉植物やアジャンタムや幸福の木ではお話にならないのだ。

むろんそれだけではない。彼のかきまぜるその容器の大きい事、どんなマテリアルを入れても一杯にならない無限の桶のように深遠なのだ。それをじっくりパラバラに良くかき混ぜ完全に溶解させる・・・だから私はまた読みたくなのだ。フィクションと言う名のリアリティを・・・