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2014年1月23日木曜日

足尾から来た男

谷中村を舞台にしたNHKの土曜ドラマが始まった。足尾銅山の鉱毒事件の頃の一人の女性の奇跡と流転を綴った話である。主演は火の魚で主演デビューを果たした頃から注目している尾野真知子である。

私は小学生の頃から谷中村や足尾銅山を見ていた。谷中村のあった場所は遊水地となりあたり一面蘆原で当時の面影はないが、足尾は生々しい。
窯のすぐ右手の山は禿山で、黄土色の山肌に降った雨が幾本の深い皺を作っていた。この辺りの渡良瀬川は見た目には清らかで透明なのに魚が住んでいなかった。水は冷たい。銅山の水が流れない支流の沢に行けば、イワナや山女がいくらでもいたのにこの川には一匹もいなかった。
私の住んでいた街はこの渡良瀬川のずっと下流だったので流域の住民の生活排水が流されていた。近くでは屠殺場から夥しい異臭を放った排水も流されていたから、誰の目にも綺麗だとは映らなかったはずだ。
屠殺場から数キロ上流に赤堀という岩場のある少し深くなった場所があった。遊泳が禁止されていたが夏には子供たちの飛び込みの場となっていたが、毎年必ず誰かしら死者が出ていた。
今は亡くなってしまったが立松和平氏が父に足尾のことを取材に来たことがあった。後に氏が執筆する「毒」の下書きになったのであろう。父が町に提案しても箸にも棒にも掛けてもらえなかった植林運動を氏はその後もずっと続けていた。

こんなきたない川に魚はいた。地元ではハヤと呼ばれるウグイである。梅雨の特異日である一日に限って川岸に赤いお腹を擦りつけ産卵をする。あたりは白濁し、魚はそのまま死んで流される。

子供の時に見た光景は印象深く、その後の人生に大きく影響を与える。今の子供達は貧しさも汚さも生まれた時から目にすることがなかったのだ。要するに足尾から来た男の昭和とは貧しく汚い時代だったのだ。
今は何処へ言ってもナショナルブランドの同じ洋服が買え、ファストフードも食べられる。小奇麗な駅にはバリアフリーのエレベーターも付く。それが悪いとは言っていない。すべて小奇麗で安心したもの定着したのだ。