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2014年3月8日土曜日

リテラシーの欠如

 私より上の世代にはリテラシーの欠如をしている人を多く見かける。大方は定年間近かそれ以上の年齢層なのだが、彼らは若い時さほどリテラシーが欠如しているとは見えなかった。ところが最近になってそれが目につく。テレビやラジオの情報でさえ当てにならぬと思っているのに、平気で2ちゃんねるや週刊誌の情報を鵜呑みにする。私には不思議で仕方ない。そんな事を友人に話したら、その友人曰く、彼らはリテラシーを欠如したいのだよ。リテラシーをなくして自分の都合の良い、蛸壺に入りたがっているようなものさ。だから、彼らにはその情報が正しいとか、正しくないとか関係ないのだと。
なるほど、その意見には膝をたたかずには居られなかった。情報を眺めて逡巡することなど必要ないのだ。バラバラになった情報の自分に都合のいいものだけを集めて仕舞いこむ。

 しかしながら、人生の末期、甚だ寂しい話ではないか。自らの思想信条など椅子の上のホコリ程度の価値の無いものとして見放し、物事を諦観するようにしたと自戒の念を込めて思うのである。